第5回研修講座報告
平成20年2月25日(月)18時45分から、「綱紀・懲戒事例の研究~転ばぬ先の杖」と題し、講師に杉山功郎先生をお迎えして、第5回研修講座を開催いたしました。
杉山先生は、長年に亘り東京弁護士会綱紀委員会の副委員長をお勤めになり、東京弁護士会綱紀委員会編「綱紀委員会調査要項」(第四版)の改訂小委員会委員長を歴任されるなど、綱紀・懲戒制度のエキスパートです。

研修講座当日は、綱紀・懲戒制度の概要から昨今の傾向、そして我々弁護士の日常業務における注意点等について、基本的なところから実践的な話題までを懇切・具体的にお話しいただきました。
以下、当日配布のレジュメに従って、講演のごく一部をご紹介いたします。
(先生のお話を正確に再現できていない部分もあるかと思いますがご容赦下さい)

◇ 綱紀懲戒制度の概説
綱紀・懲戒は弁護士自治を支える制度であり、弁護士法上は、誰でも懲戒を求めることが可能です。山口県光市の母子殺害事件の被告人の弁護団に対し、全国の全く縁もゆかりもない人々から多数の懲戒請求がなされたことは記憶に新しいところです。
(弁護士法第58条1項)
何人も、弁護士又は弁護士法人について懲戒の事由があると思料するときは、その事由の説明を添えて、その弁護士又は弁護士法人の所属弁護士会にこれを懲戒することを求めることができる。
綱紀懲戒制度発動の端緒としては、弁護士会による請求もあります。かつては弁護士会費滞納者にほぼ限定されていましたが、最近は非弁提携の事例等が増加しており、被害の拡大を防ぐため弁護士会が積極的に対応するようになっています。
(同法同条第2項)
弁護士会は、所属の弁護士又は弁護士法人について、懲戒の事由があると思料するとき・・・は、懲戒の手続に付し、綱紀委員会に事案の調査をさせなければならない。
懲戒に関する審査は、綱紀委員会と懲戒委員会の二重構造になっています。懲戒請求がなされると、外部委員(裁判官、検察官、有識者)と弁護士で構成された綱紀委員会が、懲戒委員会に付すべき事案かどうかをまず審査し、相当と認められた事案のみが懲戒委員会で審査されます。
(同法同条第3項)
綱紀委員会は、前項の調査により対象弁護士等につき懲戒委員会に事案の審査を求めることを相当と認めるときは、その旨の議決をする。この場合において、弁護士会は、当該議決に基づき、懲戒委員会に事案の審査を求めなければならない。
審査の結果なされる懲戒処分の種類は、「自由と正義」や「LIBRA」の巻末の記事等でご承知のとおり、除名、退会命令、業務停止、戒告の四種類です。除名及び退会命令が致命的であることは読んで字の如しですが、業務停止についても、その期間によっては業務に著しい支障が生じるため、業務停止期間中に業務を行ってしまい、それを理由に再度懲戒請求される事案も見られるとのことです。
(同法第57条第1項)
弁護士に対する懲戒は、次の4種とする。
一 戒告
二 2年以内の業務の停止
三 退会命令
四 除名
懲戒委員会による懲戒処分に不服があれば、日弁連に対し審査請求ができ、更にその裁決にも不服があれば、東京高等裁判所に対し取消しの訴えをすることができます。
(同法第59条)
日本弁護士連合会は、第56条の規定により弁護士会がした懲戒の処分について行政不服審査法による審査請求があったときは、日本弁護士連合会の懲戒委員会に事案の審査を求め、その議決に基づき、裁決をしなければならない。
(同法第61条)
第56条の規定により弁護士会がした懲戒の処分についての審査請求を却下され若しくは棄却され、又は第60条の規定により日本弁護士連合会から懲戒を受けた者は、東京高等裁判所にその取消しの訴えを提起することができる。
2 第56条の規定により弁護士会がした懲戒の処分に関しては、これについての日本弁護士連合会の裁決に対してのみ、取消しの訴えを提起することができる。
逆に、懲戒不相当の判断に対しても、懲戒を求めた者は日弁連に対し異議を申し出ることができ、日弁連の判断に不服があれば、一定の場合に綱紀審査会の審査を申し出ることができます。
(同法第64条1項)
第58条第1項の規定により弁護士又は弁護士法人に対する懲戒の請求があったにもかかわらず、弁護士会が対象弁護士等を懲戒しない旨の決定をしたとき又は相当の期間内に懲戒の手続を終えないときは、その請求をした者は、日本弁護士連合会に異議を申し出ることができる。弁護士会がした懲戒の処分が不当に軽いと思料するときも、同様とする。
(同法第64条の3)
懲戒請求者は、日本弁護士連合会が・・・異議の申出につき・・・これを却下し、又は棄却する決定をした場合において、不服があるときは、日本弁護士連合会に、綱紀審査会による綱紀審査を行うことを申し出ることができる。この場合において、日本弁護士連合会は、綱紀審査会に綱紀審査を求めなければならない。

◇ 東京弁護士会の懲戒の現状
東京弁護士会の綱紀委員会への懲戒請求の現状は、昨年は前記の光市の事件の関連もあり500件を超えましたが、通常は年間250~300件程度で推移しているそうです。それでも、10年前には100件程度の申立であったことからすれば大幅な増加であり、その原因としては、弁護士増、依頼者の権利意識の高まり、それに対する弁護士側の意識の低さなどが考えられるとのお話でした。
綱紀委員会は月に一度開かれますが、個別事案の調査は、3名1組の調査部会によって行われ、委員会は、調査部の起案した議決書案を審議する形で進められます。
綱紀委員会への請求事案の内、年によっても異なるが概ね5%から10%が懲戒委員会に審査を求めることが相当と議決されているそうです。

◇ こんなところに注意しよう(日々の業務での注意点)
その1 相談時(主に弁護士職務基本規定第27条、28条の関連)
「その人の相談、受けていいの?」(レジメのタイトルより。以下同。)
多くの弁護士が日々扱う債務整理。主債務者と連帯保証人は、潜在的に利益相反の可能性を含みます。多くの場合、双方利害が一致し、共に弁護士に相談する形となります。相談を受けること自体が常に問題となるわけではないものの、問題意識だけはもっておきたいのとのお話でした。このことは、遺産分割事件において複数の相続人から相談を受ける際にも同様でありましょう。
因みに、先生からは、弁護士職務基本規程第27条及び同第28条の「職務を行ってはならない」について、受任できないというに止まらず、相談時において既に規定の抵触となり得ることに注意して欲しいとのお話もありました。
受任中の事件の相手方から別の件の依頼を受けるケースについてのお話もありました。一瞬、あり得ないことのようにも思えますが、例えば、交渉において、相手方が本人として対峙してきた場合、交渉の過程で相手方との間にある種の信頼関係が生まれ、別の件について相談を持ちかけられることは実際にあるそうです。それは、弁護士からすると、何となく良い気分になりがちですが(そのような事態を経験していない筆者の妄想?)、先生からは、そのようなとき、自分の依頼者がその事態をどう見るのかに思いを至すべきであるとのご指摘がありました。受任中は勿論、事件が終了しても余り間があかない段階での相手方からの相談には慎重に対処すべきであるとのお話でした。
(弁護士職務基本規定第27条)
弁護士は、次の各号のいずれかに該当する事件については、その職務を行ってはならない。ただし、第3号に掲げる事件については、受任している事件の依頼者が同意した場合は、この限りでない。
一 相手方の協議を受けて賛助し、又はその依頼を承諾した事件
二 相手方の協議を受けた事件で、その協議の程度及び方法がが信頼関係に基づくと認められるもの
三 受任している事件の相手方からの依頼による他の事件
四 公務員として職務上取り扱った事件
五 仲裁、調停、和解斡旋その他裁判外紛争手続機関の手続実施者として取り扱った事件
(弁護士職務基本規定第28条)
弁護士は、前条に規定するもののほか、次の各号のいずれかに該当する事件については、その職務を行ってはならない。ただし、第1号及び第4号に掲げる事件についてその依頼者が同意した場合、第2号に掲げる事件についてその依頼者及び相手方が同意した場合並びに第3号に掲げる事件についてその依頼者及び他の依頼者のいずれもが同意した場合は、この限りでない。
一 相手方が配偶者、直系血族、兄弟姉妹又は同居の親族である事件
二 受任している他の事件の依頼者又は継続的な法律事務の提供を約している者を相手方とする事件
三 依頼者の利益と他の依頼者の利益が相反する事件
四 依頼者の利益と自己の経済的利益が相反する事件
その2 受任時(主に弁護士職務基本規定29条、30条の関連)
「委任の範囲は明らかにした?弁護士報酬の説明は大丈夫?」
まず、おおもとの、委任の意思がキチンと確認されているかどうか。その例として先生は、前記した債務整理や遺産分割のお話をされました。前者の場合は主債務者が連帯保証人の、また後者の場合は共同相続人一派を束ねる一人が、窓口となって弁護士に相談することが多いですが、その場合、連帯保証人或いは他の相続人に委任意思の確認をしなかったため問題となる事例があるようです。窓口となっている人が他の人の委任状をとりまとめてしまうような場合、弁護士は、それら他の人と会ったこともなければ電話で話したことすらないというのでは問題の種をまくことになります。せめて電話だけでもして全員の意思確認をすしておきましょうというお話でした。
委任契約書の作成は職務基本規程で明確に義務化されています。契約書の作成は、委任の範囲や報酬でモメる芽を摘み取ることであり、依頼者のためにもなるし自分のためにもなることを再確認したいところです。
報酬額については、弁護士報酬基準は撤廃されたたものの、手続的にはむしろ規制が強化されたことを理解すべきとのお話がありました。依頼者との間で、依頼者の委任時における報酬の認識と弁護士の認識がずれると紛争のもとであり、書面により明確に合意していれば防げることが多いと思われます。依頼者への報酬の説明は難しいものです。事務所の基準を説明しつつ、依頼者の顔を見ながら増減するのが実際でしょう。要は、いかに納得して貰うかでありましょうが、納得を得た内容について書面に明記することは後々の紛争を招かないためにも必要なことであるとあらためて思いました。
(弁護士職務基本規定第29条)
弁護士は、事件を受任するに当たり、依頼者から得た情報に基づき、事件の見通し、処理の方法並びに弁護士報酬及び費用について、適切な説明をしなければならない。
2 弁護士は、事件について、依頼者に有利な結果となることを請け負い、又は保証してはならない。
3 弁護士は、依頼者の期待する結果が得られる見込みがないにもかかわらず、その見込みがあるように装って事件を受任してはならない。
(弁護士職務基本規定第30条)
弁護士は、事件を受任するに当たり、弁護士報酬に関する事項を含む委任契約書を作成しなければならない。ただし、委任契約書を作成することに困難な事由があるときは、その事由が止んだ後、これを作成する。
2 前項の規定にかかわらず、受任する事件が、法律相談、簡易な書面の作成又は顧問契約その他継続的な契約に基づくものであるときその他合理的な理由があるときは、委任契約書の作成を要しない。
その3 事件を処理している間(主に弁護士職務基本規定第36条、38条について)
「『ほうれんそう』が大事なのはサラリーマンだけじゃない」「預かり金の管理は大丈夫?」
事件の経過について、依頼者に報告しないどころか、問い合わせを受けても説明しないケースがあったそうです。後で、「この主張をしてくれなかった」「あの証拠を出さなかったから負けた」と言われた場合、実際には当該主張や立証が判決に影響を及ぼすものではなかったとしても、報告や相談を怠った弁護士にには、反論する資格が問われます。
預かり金の管理も、問題を引き起こしがちです。かつて、6000万円の預かり金が、いつの間にか(?)残高6000円になっていたというケースがあったそうです。
預かり金に関しては、弁護士職務基本規定第38条に加えて、「東京弁護士会業務上の預かり金の取扱に関する会規」第2条2項により明確な定めがありますので留意されるとよいとのお話がありました。
(弁護士職務基本規定第36条)
弁護士は、必要に応じ、依頼者に対して、事件の経過及び事件の帰趨に影響を及ぼす事項を報告し、依頼者と協議しながら事件の処理を進めなければならない。
(弁護士職務基本規定第38条)
弁護士は、事件に関して依頼者、相手方その他利害関係人から金員を預かったときは、自己の金員と区別し、預かり金であることを明確にする方法で保管し、その状況を記録しなければならない。
(東京弁護士会業務上の預かり金の取扱に関する会規第2条2項)
会員は、一事件又は一依頼者につき預かり金の合計額が50万円以上で、かつ、銀行、郵便局その他の金融機関の14営業日以上保管するときは、預かり金の保管のみを目的とする口座に入金し、保管しなければならない。
その4 事件の終了時(主に弁護士職務基本規定第44条、45条について)
「上訴は受けるの?受けないの?」「預かり書類は返還した?」「預かり金から弁護士 報酬を差し引いて大丈夫?」
訴訟を受任し、上訴が問題となるときは注意が必要です。依頼者は「悩み事の全部を引き受けてくれる」と思いこんでいます。ところが弁護士は一審のみの受任と認識している場合。どこまでが委任の範囲なのか、改めて依頼者に説明し理解を得ることが必要です。
特に、一審敗訴の場合などは上訴期間も限られているのですから、受けるか受けないかをきちんと説明しないと大変なことになります。場合によっては、本人名でさしあたりの書面(控訴状等)だけは作ってあげるなどの「アフターサービス」も考えてはどうかというお話がありました。
書類返還の際には受領印を必ずもらうことも必要です。返したのに返して貰っていないともめることもあります。
預かり金から報酬を引く場合、弁護士が勝手に計算した報酬を控除し、簡単な書面とともに一方的に依頼者に送金するというようなことは紛争のもとになります。弁護士職務基本規定第45条は報酬金額についての当事者間の合意を前提としています。
預かり金はあくまで「他人様のお金」であること(当然ですが。)の認識はしっかり持っておきたいところです。
(弁護士職務基本規定第44条)
弁護士は、委任の終了に当たり、事件処理の状況又はその結果に関し、必要に応じ法的助言を付して、依頼者に説明しなければならない。
(弁護士職務基本規定第45条)
弁護士は、委任の終了に当たり、委任契約に従い、金銭を清算したうえ、預かり金及び預かり品を遅滞なく返還しなければならない。

◇ 実務上目につく事例
以上、相談から受任事件の終了までの職務に伴う注意点お話のあと、「自力救済」「準備書面等の表現」「刑事事件」について、実務上目に付く事例としてご紹介がありました。
「自力救済」。例えば、マンションの大家から「問題を起こした借主の部屋の鍵を替えてしまいたい。」といわれた場合どうしますか。ご存じのとおり、自力救済は、実務上、要件が厳しく限定されています。要件を満たす場合は極めて希でしょう。依頼者の強い決意や希望に直面してこれを了承してしまったら、非常に高い確率で懲戒請求を受け、かつ、懲戒処分となることを肝に銘じておきたいとのお話がありました。弁護士として、そのような依頼者に、他に代わり得るどのような提案ができるか、考えてみたいところです。
次に、「準備書面等の表現」については、弁護士が当然の如く用いる法律用語、例えば「詐欺」「脅迫」などは、一般の人にとって非常に衝撃的な表現であり、自分の行動をそのように表現した弁護士に攻撃の矛先が向くことは十分にあり得ることです。リスクを避けるためには、準備書面等において殊更に人格否定につながるような表現を用いず、淡々と事実を摘示することを考えてはどうかとのお話がありました。
「刑事弁護」では、接見に来ない、争っているのに書証に同意してしまう、など、多くの懲戒請求事例が見られるとのことでした。刑事被告人の置かれている立場、特に上訴事件での被告人の心情(多くは一審での弁護に不満を持っている。)を考え、丁寧に対応することの重要性を再認識しました。
先生のお話に、参加の先生方は、時に大きく頷き、時に少々青ざめつつ(気のせいでしょうか。)、熱心に聞き入っていました。質疑応答の際には、質問者から、自身の経験した事件に関連する質問がなされ、また、日弁連の綱紀・懲戒制度に関わっておられる先生からの示唆に富むご意見等もあり、大変に中身の濃い研修講座となりました。

懇親会は、第3回研修講座と同じく、大手町「桂樹園」で行い、中華料理とビール・紹興酒で大いに盛り上がりました。今回は、締めのピリ辛焼きそばが好評で、辛さと酔いと楽しさで身も心も温かなひとときでしたが、帰途、酔いが覚めるころには、杉山先生が挙げられた「問題ケース」と自身の過去の行状を慎重に照らし合わせ、少々、身震いしたのでした。
【文責:親和全期会執行部 廣瀬正司(二一会・51期)】 |